Astroman & Lurking Fear

― 怒涛の一週間 in 2006 ― by akkym

今回で3度目のヨセミテ。未知の世界に思いを巡らせ、ビッグウォールに憧れて初めて乗り込んだのが4年前。過去、完登したものもあれば、敗退に終わった苦い思い出もある。だが、そんな思い出を作る時間は、今はない。大量のギアもない。用意するつもりもない。せっかくのチャンスを前に、敗退は許されない。シンプルなスタイルで登りたい。

目標に向かって進むとき、その一瞬一瞬が楽しい。自分ひとりだけでない、仲間と共有する時間、目的、そして達成感。すべてが最高の夏だった。

2006年の夏、私たちはヨセミテで、「ワシントンコラム・アストロマンのワンプッシュ・ワンデイ、全ピッチのチームオンサイト」と「エルキャピタン・ラーキングフィアのワンデイアッセント」を試みた。与えられた時間はたったの1週間。しかしこの限られた時間こそ、迷う暇なく、私たちをただ目標へと突き動かしたに違いない。


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写真:ヨセミテの定番、トンネルビューよりバレーを望む。毎回、ここを訪れるとバレーに戻ってきた実感を得ることができる。


ヨセミテといえば、エルキャピタンを思い浮かべる。エルキャピタンを登りきって見る、バレーの向こうに広がる夕景はいつも申し分のないものだった。この瞬間を楽しむために、エルキャピタンを登っているのではないかとずっと思っていた。そしてこの夕景が、新たな憧れを抱かせてくれた。"いつしかこの景色を、地上を出たその日のうちに見たい。"

この巨大な壁を一日で駆け上がる、地上がどんどん遠のいていくスピード感は、いったいどのようなものなのか。今までとは違う世界に思いを巡らせる。実際には駆け上がるといっても、卓越したスピードクライマーには到底及ばない。しかし、最高のパートナーがいれば、最小限の装備でワンデイアッセントは十分可能だと思っていた。


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写真:バレーのシンボル、エルキャピタン。初めて見たときは、意外と小さいと思った。


一時帰国した際に、山岳会先輩から、アストロマンを登らないかと誘われた。もちろん、オンサイトを狙って。あのサイズの壁を一日で、しかもフリーで登る。なんてシンプルで魅力的なクライミングだろう。しかも声をかけてくれたのは、私の考えうる中で最高のパートナーである。この優れたクライマーと共に登りたい。それもできるだけ大きな壁をと、ずっと願っていた。私はアストロマンのオンサイトトライとともに、エルキャピタンのワンディクライミングも提案した。返事はすぐに来た。彼も同じ熱に侵されているらしい。こうして、二つのプロジェクトが立ち上がった。

約束の9月。パートナーより少し早くヨセミテに入り、必要なものはすべて揃えた。そしてパートナーがヨセミテ入りした翌日、二人でさっそくアストロマンの下見に行った。見上げると、悪名高いハーディングスロットが見える。オンサイトのチャンスは一度だけ。多くのクライマーがこのスロットに入れずに、そのたった一度のチャンスを逃したらしい。このスロットの入口の形状を説明するなら、"下に向かって口を開けている"という表現がもっとも適切だろう。スロットに入ろうとするクライマーを拒絶し、その口からまさに吐き出そうとするのである。


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写真:アストロマンを取りつきより見上げる。口を空けるハーディングスロットが見える。


翌日、まだ暗い中取り付きに向かい、明るくなると同時に登攀を開始した。知ってはいたが、私のパートナーは強い。エンデュランスコーナーを含む下部のピッチをあっという間にオンサイトした。そしていよいよハーディングスロットである。見上げると、不気味に開く口が見える。30分の小休止の後、彼は気迫でこのハーディングスロットも見事にオンサイトした。

私は以前にスペインでPata Negra 5.14bのオンサイトに偶然立ち会ったことがあったが、その当時の世界最高オンサイトよりも、私のパートナーによるこの不気味なピッチのオンサイトの方がはるかに感動的であった。それは全身が寒気を覚えるほどの感動を私に与えた。ハーディングスロットはグレードこそ5.11bであるが、そこには数字で説明できない、実際に触れた者にしかわからない困難が待ち構えている。特に要求されるのは精神力である。少しでも弱さを見せると容赦なく落とされる。狭いスロットの中で響くパートナーの荒い息遣いが、このピッチの困難さを物語っていた。

私たちはハーディングスロットの終了後にリードを交代した。一生に一度しかないオンサイトトライである。下部全ピッチのオンサイトを無駄にするわけにはいかない。プレッシャーは感じる。しかし、チームオンサイトには、個人で行うオンサイトトライとは違う醍醐味がある。当然、それは仲間と成し遂げるということである。確かに、自分が失敗してもパートナーが失敗しても、試みは失敗となる。しかし、挑戦する過程を仲間と共有して楽しむことができる。そしてなにより、成功は、その喜びは仲間と共有できる。私たちはそこに重きを置いていた。私は、上部にある残り半分のピッチを、オンサイトトライのプロセスを、そしてこの貴重な時間を、これらすべてを楽しもうと、ただそう思いながらリードを交代した。


首尾よくアストロマンのワンデイ・ワンプッシュでのチームオンサイトに成功した私たちは、頂上で握手を交わした後、早々とバレーに戻った。そして仲間とともに、さっきまでいた大きな壁を見上げながら祝杯を交わした。目標を達成した後のビールは旨い。しかし、ゆっくり休んではいられない。私たちにはまだ壁がある。今日よりもっと大きな壁、エルキャピタンを待たせているのだ。


翌日と翌々日はレストを兼ねて準備に費やし、アストロマンから三日後、私たちはエルキャピタンの西端に位置するラーキングフィアへ向かった。装備は最小限に。まだ真っ暗な午前4時12分、登攀開始。ショートフィックスを多用し、高度を稼ぐ。クライミングギア以外に持っているのは、ヘッドランプ・水・ゼリー・ペラペラのシェルぐらいのもの。ギアに関しても、メインロープこそ9.7mmだが、もう1本のロープはたったの5mm。何としてでも、ワンデイで登りきらなければならない状況・・・・・・。


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写真:ラーキングフィアの2人分の全装備。水とウィンドブレーカを入れたバックパックを各自が背負った。軽量化のために、一切の食糧、カメラすら持っていかなかった。今覚えば、カメラくらい持っていく余裕はあったと思う。


しかし、そんな重圧や悲壮感は感じなかった。むしろ心地よい緊張感を楽しんでいた。なぜなら、私たちは絶対にワンデイで抜けられると確信していたからだ。アストロマンの成功は、私たちに大きな自信をもたらした。登攀中に重たい雰囲気など全く無く、私たちは驚くほど気軽に楽しんでいた(もちろん、日射やギアの重さ、ハーネスやシューズの痛みに苦しめられてはいたが・・・)。先行パーティーの方から"不退転の決意だな"との言葉を頂いたが、私たちのクライミングはそのような仰々しいものではなかったと思う。結果、先行パーティーの追い抜きにこそ時間はかかったが、20時03分にトップアウトし、ぎりぎりながら夕景を楽しめた。想像していた通り、夕景も、そしてそこで交わす握手も、最高だった。


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写真:バレーにいる後輩が撮ったエルキャピタン。このころ、我々はトップアウト後のビバーク中だった。


エルキャピタンをワンデイで登れたことは素直に嬉しい。しかし、それ以上に心地よかったのは、エルキャピタンのような巨大な壁を最小限の装備とともに一日で登るという、ある意味リスキーな状況を、必要以上の重圧無く、信頼できるパートナーと共に楽しめたことである。ビッグウォールの第一関門はパートナー探しである。この最初にして最大の難関を、私は始めからクリアしていたのだと、今、改めて思う。

すべては終わってからの話で、これらの試みはそんなに気軽なものではなかった。準備もトレーニングも必要だった。トップアウト後も暗い中、西端のラーキングから東端の下降リッジまで行けるはずも無く、寒い一夜を過ごさなければならなかった。食料だって全く無い。翌日の下降は二人ともフラフラだった。バレーに降りた直後の体重は二人とも人生でもっとも軽かった(当然身長が止まってからという意味で)。しかし、いかにヨレヨレでも、私たちはある意味"サクッと"エルキャピタンを登れたのではないだろうか?ワンデイで登ったということだけでなく、必要以上の気負いを感じることなくこなせたという意味で。まさに、信頼できるパートナーがあってのことだった。そんな時間を過ごせた事がこの登攀の最大の成果だった。

ヨセミテで取り組んだ2本のラインはどちらも申し分のないものだった。特に、パートナーはアストロマンのオンサイト、私はラーキングフィアのワンデイアッセントに惹かれていた。私たちはワシントンコラムにしても、エルキャピタンにしても、以前は何日もかけて荷揚げと日射に苦しみながら登っていた。それが私たちの憧れで、新しい冒険でもあった。しかし、時は進んだのだ。なんだか野暮ったい。もっとスマートに登りたい。私たちは、そう考えるようになっていた。

なぜなら、クライミングはシンプルなほど、刺激的で楽しいものだから。

そんな想いを叶えることができた。たった1週間という短い時間で、多くの貴重な経験を得ることができた。そんな楽しい時間を過ごさせてくれたヨセミテバレーに、そして何より大切な仲間に、心からお礼を言いたい。ありがとう。


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写真:バレーよりカシードラルを望む。何度でも、また戻りたいと思う景色が広がっている。

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