今科学に使える真実は過去にあると思っています。だからこそ、過去から学ぶ必要があると思います。私は、生態系管理において、過去から学ぶことの重要性は、たびたび主張してきました。
今週号のNature誌に、チェルノブイリの事故から現在に至るまでの低レベル放射線被爆の長期的影響について、過去から学ぶことの重要性が述べられています。この編集レターの内容自体には、科学的な根拠に欠けるとか、論述に一貫性がかけるとかの指摘がなされているようです。しかし、過去から学ぶことの重要性は、今回の一連の災害において、明白になったのではないかと思います。
私の専門は、自然撹乱です。自然に起こる破壊的なイベントが生態系に与える影響です。自然に起こる大規模な山火事は、災いとしての"火災"ではなく、あくまで自然に起こるイベントとしての"山火事"ですとたびたび主張してきました。自然要因でおこる破壊的なイベントは、災いとしてみなすのではなく、過去から現在に至るまで、たびたび起こってきた自然の事象であると。ゆえに、人為要因で生じたものでないイベントは、破壊的でも許容すべきと。しかしながら、生態系の必要性、生態系サービスの重要性は、人間社会の持続可能な発展と維持のために必要であり、人間や社会そのものに影響が出ることを望んだり許容したりしているわけではありません。ですので、今回の地震と津波は自然要因でしょうが、許容すべき撹乱だとは思いません。今は、撹乱の許容と災害の防除との間の相互作用や境界について、自分の中でより明確な見解をもつことが必要だと思っています。
今回の地震に端を発する災害が、日本社会のレジリアンスを超えたものだったのかどうかは、今後次第で決まると思っています。そして、今回により学び、より社会的なレジリアンスの向上につながることを切に望みます。