山火事
1.気候変動と山火事
近年の環境変動が,高標高域や高緯度域の生態系に与える影響に関心が集まっています。例えば,2007年,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は,温暖化に伴い,山岳域の積雪量が減少していることを報告しました。
夏に降水量の多い,湿潤な海洋島である日本では,まったく馴染みがないことですが,多くの大陸では,山火事は普遍的に生じます。北米西部の山岳域では,積雪減少と融雪時期の早まりにより,山火事シーズンが長くなりつつあります。
2.山火事の意義と脅威
山火事は,もともと自然のイベントです。山火事にあわせて子孫を残す仕組みをもった生き物もいます。山火事により作り出される場所が,生息地となる生き物もいます。
一方で,山火事は,人間社会にとっては脅威ともなり得ます。とくに,家やインフラ,家畜,人身などに危害を与えうるので,山火事は抑制すべき対象として捉えられてきました。北米においては,極端なところでは,街から遠く離れた原野にある自然公園でも,長きにわたり森林火災抑制プログラムが実施されてきました。山火事は,目の前にある美しい景色を破壊するものとして忌み嫌われてきたのです。
山火事抑制により,自然本来のプロセスを歪めることとなり,生態系に多くの問題を生み出しました。さらには,燃えるべきものが燃えずにいることで,むしろ山中に燃料だらけの状況を作り出しました。その結果,空前絶後の規模での山火事の発生が危惧されるに至りました。
3.山火事にさらされるロッキー山脈の生態系
北米大陸においては,北部ロッキー山脈の中高標高地域に位置する森林が,この20年程の間に山火事が最も急増した地域です。例えば,カナダ・ブリティッシュコロンビア州のクートニー国立公園では,2001年と2003年の山火事で亜高山帯林の大部分が燃えました。同様に,米国・モンタナ州のグレーシャー国立公園でも,2003年と2006年に破壊的な規模の山火事が起こりました。
国立公園の山岳森林景観の半分近くを焼き尽くすほどの山火事は,見た目には確かに空前絶後の大規模な自然災害に思えます。しかしながら,このような自然現象を単に災害と認識することは早計かもしれません。もしも,このような大規模なイベントが生態系にとって必要な自然現象,つまり”自然撹乱”ならば,災害と認識し排除することは,生物相や生物多様性に対して取り返しのつかない悪影響を与えてしまうことが懸念されます。
4.人為要因の温暖化と自然要因による気候変動
米国からカナダにまたがる広大なロッキー山脈には,イエローストーン国立公園やカナディアンロッキー山脈自然公園群などのユネスコ世界自然遺産をはじめとする貴重な生態系が多く存在します。大規模な山火事は徹底的に生態系や景観を破壊するので,そこに内包される生物相は甚大な影響を受けることが知られています。
しかし,北米の亜高山帯では,大規模な山火事は本来ある程度は起こり得るものです。今問題なのは,人為影響によって,必要以上の規模や頻度で山火事が引き起こされているかということです。必要な山火事を排除することは生態系サービスや生物多様性に甚大な負の影響を与えますが,自然に起こり得る以上の山火事も生態系を破壊し劣化させてしまう可能性があります。
そこで,近年頻発する大規模な山火事が,人為活動由来の地球温暖化に起因するのか,過去の火災抑制の反動なのか,あるいは,自然撹乱として本来起こり得るものなのか,この問いに答えることが必要となります。
5.山火事と生態系管理
ロッキー山脈の山岳森林景観で起こる大規模な山火事の要因とその生態学的な意義について考えています。特に,生態系や気候条件の人為改変の影響をどの程度受けているのか,どれくらいの規模や頻度ならば自然現象として山火事を許容できるのかを定量化することに,焦点を置いて研究を行っています。
そこで、自然に生じるイベント(自然撹乱)としての山火事について評価しています。
そのために、
1) エルニーニョなどの気候条件の変動と山火事の空間分布の変動との関連性の解析(時空間解析)
2) 湖底堆積物などを用いた,過去の山火事履歴の推定(古生態学的アプローチ)
3) 気候モデルから得られる気候条件に基づく将来の山火事リスクの推定(統計モデル)
を主に行っています。
得られた結果は,研究対象地の国立公園の管理プランに反映されます。