撹乱体制の定量化は,生態系管理において重要な項目のひとつと認識されつつあります(森 2010)。特に,森林は多くの景観の主要要素です。ゆえに,森林の撹乱体制を尊重することで,生態系や景観全体での構造・機能・動態を包括的かつ健全に維持できるような森林管理を行うことができると考えられています(森 2007)。そして,その結果として,生態系に内包される遺伝子・種・個体群・群集,さらには地域景観に至る,各レベルでの多様性の維持に大きく貢献し得ると考えられます(森 2007)。そこで私は,森林生態系における自然撹乱と,それをもとにした森林の動態に関しての科学的知見が,森林生態系の管理や保全の上でどのような貢献を成し得るのかについて考えています(森 2007, 2009, 2010a, 2011)。森林の本来持つ機能・構造・動態を尊重する森林管理が,森林生態系に内包される様々なレベルでの生物多様性の保全に貢献しうると考え,研究を実施しています。
ほぼあらゆる陸域の生態系では,撹乱の発生は必然であり,避けることのできるものではありません。過去何万年,何十万年と,生物相は撹乱にさらされ,撹乱に適応し,進化し,生育してきました。しかしながら,撹乱,特に地震や山火事などの大規模な撹乱は,人間社会においては災害であると捉えられ,かつては排除の対象になっていました。その結果,地域によっては,撹乱があることで成立する群集や生態系が,自然本来の姿を失ってしまっています(Mori 2011)。
また,森林伐採に見られるような,過剰な人為による撹乱も生態系や生物相に甚大な影響を与えます。そこで,森林の施業や伐採などにおいても,自然におこる撹乱を模倣することで,生態系への負のダメージを軽減する試みが世界各地で行われています(森 2007, 2009, 2011)。農地利用や森林伐採のような,自然を改変し,そこから資源を得ることは,私たちの社会の成立や持続にとって,欠かすことのできないことです。しかしながら,生態系に配慮しない資源利用は,持続可能なものではありません。
そこで,マトリックスというものに着目しています。マトリックスとは、「自然生態系,生態プロセス,生物多様性の保全を主目的にしていない景観中のエリア」と定義されます。つまり,マトリックスは,原生自然ではなく,農地や人工林などに土地転換された場所のことを指します。このマトリックスにおいても、農作物や木材の生産だけでなく,生物相の保全などにも配慮することが重要と考えています(マトリックスマネジメント)。
私が生態系管理の中で考える持続可能な資源利用とは,生産量と消費量が釣り合えば良い(言い換えると,生態系サービスの供給サービスが維持できれば良い)というものではなく,生態系の機能や動態,生物相の多様性などを包括的に維持したうえでの資源利用だと思っています。私たちは,木質資源の利用に見られるような,人為の撹乱を生態系に与えており,それは避けることのできるものではありません。そこで,生態系にできるだけ配慮するためには,自然撹乱を見本にするということになります。そもそも生態系には,様々な自然に起こる撹乱が存在してきたわけですから,自然撹乱体制を尊重することで,できるだけ持続可能な生態系管理が行えると考えています。
関連業績
Mori AS (2011a) Ecosystem management based on natural disturbances: Hierarchical context and non-equilibrium paradigm. Journal of Applied Ecology 48: 280-292.
森 章 (2011) 自然撹乱に基づくエコシステムマネジメント ―破壊される必要性.遺伝 65(5):20-27.
森 章 (2010a) 撹乱生態学が繙く森林生態系の非平衡性. 日本生態学会誌 60:19-39.
森 章 (2010b) 生態リスクマネジメントにおける留意点―非平衡性と変動性の観点から. 日本生態学会誌 60:337-348.
森 章 (2009) スウェーデンにおける生物多様性の保全に資する森林管理の試み. 保全生態学研究 14:283-291.
森 章 (2007) 生態系を重視した森林管理-カナダ・ブリティッシュコロンビア州における自然撹乱研究の果たす役割- 保全生態学研究 12: 45-59.