撹乱生態学とは?

1.撹乱とは?

「撹乱」とは,生態系・群集・あるいは個体群の構造を乱し,資源・基質の利用可能量・物理環境を変えるような,顕著なイベントと定義されます。

生物の生育環境を大きく変え,空いた空間,つまり次世代の個体が移入し利用できるハビタット(生息場所)を生み出すことを撹乱と呼びます。たとえば,森林生態系の場合では,台風,ハリケーン,サイクロン,山火事,火山噴火,雪崩,などにより森林が大きく破壊されると,樹木が倒壊あるいは枯死したところでは,新たな開いた空間が形成されます。

そのような場所は,一見すると荒廃地に見えますが,実はさまざまな生物に住み場所を提供するとともに,自然のプロセスとしての再生の場ともなります(更新と呼ばれます)。その後,長い時間をかけての更新プロセスには決まった道筋はなく,非常にバラエティに富んでいます。撹乱と再生のプロセスにより,生態系に多様性が生み出されます。

 

2.自然を抑制することの問題

洪水が頻繁に起こる地域において,農地転換のために水路を作り,洪水を抑制しようとした結果,旱魃が生じるようになったり,地域の生物相が絶滅の危機にさらされたり,農地排水による富栄養化のためにアオコが発生するなどといった,さまざまな問題が連鎖的に生じたことが知られています((南部フロリダ)の事例)。

自然に生じる撹乱イベントを抑制しようとする試みは,多くの場合は非常に手痛いしっぺ返しとして社会に跳ね返ってきます。さまざまな国・地域において,自然を抑制することで社会に安心・安全・安定をもたらそうとした試みは,大きな失敗に終わり,問題を連より複雑にしています。ゆえに,災害として捉えられがちな自然撹乱を抑制するのではなく,むしろ社会や生態系に必要な変化を生み出す要因であるとして捉え,促進することが重要であると考えます。

3.レジリアンスの考え方

自然の中では,変化は常に生じます。山火事,旱魃,ハリケーン,台風,津波,火山の噴火などといった大規模な自然撹乱は,人間社会に驚きを与えます。このような変化や驚きと向き合うためには,社会や生態系の「レジリアンス」を高めることが重要です。

生態学において,レジリアンスとは,「撹乱が生じても生態系の状態が変容せずにいられる範囲(=撹乱の影響を吸収する能力)」と定義され,今日の生態系管理の基本概念の一つになっています。 つまり,何らかの撹乱(環境変動)が生じても生態系が変質せずに回復できる能力です。ただし,ここで留意が必要なのは,撹乱後に必ずしも生態系が撹乱前と同じ状態に戻ることを絶対視しないことです。元の状態に戻ることだけを重視しては,変化と向き合うための生態系の管理アプローチとは言えません。

レジリアンスの高い生態系は,環境変動に対する許容力が高く,簡単には変質しないと考えられています。また,撹乱後も回復能力が高いです。しかし,人間活動の影響(伐採,搾取,汚染,温暖化)は,生態系のレジリアンスを劣化させていると考えられており,そのような生態系は以前には吸収できていた負荷を吸収できません。

先のフロリダにおける治水事業の例は,旱魃や洪水という変化に耐える能力を備えたシステムのレジリアンスを下げてしまい,結果としてさまざまな環境問題を生じさせました。このことは,生態系と人間社会を切り離して考えることには無理があることを示しています。ゆえに,レジリアンスの概念は,自然の中で生じる変化と向き合うための社会の能力とも考えられるようになっています。たとえば,レジリアンスの高い社会は,自然災害の発生時にも,混乱や被害が少なく,回復も早いと期待されます。

 

4.変化と向き合う

日本では,最近は「減災」という言葉も聞こえるようになりましたが,やはり「防災」しようという傾向が強いと思います。人為災害を未然に防ぐことはもちろん必要ですが,自然災害を完全になくすことは不可能であり,時にそのような試みはさらなる災害をもたらすことがあります。自然をコントロールすることは不可能なので,それよりは社会に突然の驚きをもたらす自然と向き合うことを考えることが,今後の資源や生態系の管理においては,重要であると考えています。

以上をもとにして,私の研究では,

1) 自然撹乱が生態系にとって如何に必要であるのか?

2) 自然撹乱を抑制しようとする試みには,どのような問題を生じさせるのか?

3) 撹乱を抑制してきた結果として変質してしまった生態系をどのようにして復元するのか?

4) 森林伐採などの避けられない人為撹乱において,自然のプロセスを尊重する方法とは?

ついて,エコシステムマネジメント(生態系管理)の観点を中心に研究を行っています。

参考:

森 章(編著)(2012)  エコシステムマネジメント-包括的な生態系の保全と管理へ-. 共立出版

Mori AS (2011) Ecosystem management based on natural disturbances: Hierarchical context and non-equilibrium paradigm. Journal of Applied Ecology 48: 280-292.

Mori AS (2011) Making society more resilient.  Nature 474:284.

森 章 (2011) 自然撹乱に基づくエコシステムマネジメント ―破壊される必要性.遺伝 65(5):20-27.

森 章 (2010a) 撹乱生態学が繙く森林生態系の非平衡性. 日本生態学会誌 60:19-39.

森 章 (2010b) 生態リスクマネジメントにおける留意点―非平衡性と変動性の観点から. 日本生態学会誌 60:337-348.

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