生態系管理

1.生態系を管理することの意義

なぜ生態系を人間が管理する必要があるのだろうでしょうか?人間社会が成立するよりもずっと以前から,生態系は自然に存在してきたものであり,多様な生物種が存在し、さまざまなプロセスが維持されてきたはずです。わざわざ人間が干渉しなくても、自然に任せておけば良いのではないのでしょうか?

ここでは,「生態系管理」あるいは「エコシステムマネジメント」といった項目について考えています。これらの表現は,いずれも自然のシステムである生態系を、まるで人間の管理下に置くかのような表現にも聞こえます。わざわざ人間が自然を管理する必要があるのでしょうか?

ここで述べている管理とは,マネジメントのことであり,コントロールのことではありません。「生態系管理学」は、科学としての生態学の最新の知識をもとに,人間社会と複雑に絡み合った生態系を保全するための応用科学です。

2.資源利用から生態系への配慮へ

かつての天然資源の利用においては,収量を最大化することが最重要項目でした。その後、無制限の資源搾取を行うのではなく,生産量と収穫量のバランスに対する配慮がなされるようになりました。しかしながら,そこでは,生物多様性や供給サービス以外の数多の生態系サービスについての配慮はなされていませんでした。

1980年代に登場した「保全生物学」の台頭に見られるように、生態系が内包する生物多様性を保全することの重要性が認識され始めると、資源量のバランスだけを考慮することの不適切さが顕著になってきました。さらには、20世紀末から21世紀にかけて,人間社会が生態系から享受する生態系サービスの多様さ(ミレニアム生態系評価)がより明らかになるにつれ,生態系が持つ本来のプロセスを包括的に管理することの必要性が,ますます認知されるようになってきました。

下記の表のように,古典的な管理からエコシステムマネジメントへと生態系の管理と保全に関わる概念は推移してきたと考えられています。しかしながら、エコシステムマネジメントの発展に関わらず、未だに多くの環境政策が,人間を完全に除外して自然保護を考えたり,自然の中で起こる撹乱などの変化を排除しようとしたりと,今目の前にある「自然のバランス」にだけ焦点を当てがちです。

表.エコシステムマネジメントへのパラダイムシフト(国連環境計画より)

旧来の資源管理           エコシステムマネジメント

個々の種              生態系

小規模空間スケール         複数の空間スケール

短期的な展望            長期的な展望

人間を除外             人間は生態系の主要素

科学や研究とは乖離した管理     アダプティブマネジメント

物資の管理             生態系が提供する物資とサービスの持続可能性を求める

3.不確実性と向き合う

生態系は,非常に変化に富んだものです。変化はいつどこでどのように起こるのかを予測することは,現在の科学でも困難です(予測不可能性)。さらに,想定外の変化が生じることも度々あります(不確実性)。かつての生態学では,生態系という自然のシステムは,安定的である決まった姿を示すものだと考えられていました(平衡概念)。しかし,生態学の発展と共に,生態系における不確実性や予測不可能性が明らかになってきました(非平衡概念)。

4.現在のエコシステムマネジメント

21世紀に突入した今では,変化や不確実性と向き合うために,「アダプティブマネジメント」が重視されています。これは,生態系の状態を常にモニタリングし,現在の管理方針に問題があれば修正し,変化に対して柔軟に向き合う管理アプローチです。

アダプティブマネジメントに加えて,現在のエコシステムマネジメントにおいて重視されているのは,協働管理です。そこでは、行政機関や科学者によるトップダウン式の判断に基づく管理体制とも,行政機関が住民などの意見を参考にしつつも最終判断は行政が下すといった管理体制とも異なる,さまざまなステークホルダー(利害関係者)が平等に意思決定に関与できる協働型の体制が求められます。

現在では,生態系から人間や社会を切り離して考えることはできないと考えられています。そこで,社会と自然のシステムの相互作用に留意しつつ,社会が享受する生態系サービスを永続的に維持するための持続可能性を模索するのが,「生態系管理学」です。

森章 研究室 > Research > 生態系管理